


表向きのルールはしょっちゅう踏みにじられます。
〈赤信号、みんなで渡れば怖くない〉というふうに、つねに破り、裏をくぐろうとする行動もたえず起こる。
しかし随規が乱れたら要を失った扇のようなもので、組織や集団は維持できなくなります。
たとえば年貢の苛敏訣求をみても、民が四とすると、それがひどくなって7対3くらいになっても、まだ民はがまんしています。
ところが8対2になったら百姓一揆になります。
このへんの限界をつくっているのが随規です。
〈法三章〉という考え方がありますが、法は三章あれば充分なので、むしろ随規のほうがたいせつだというのが、昔の中国の政治哲学だったようだ。
現在のわれわれの社会でも随規が日常の行動とか判断の基準になっていることが多い。
これはふつう慣習とか前例、といわれているが、随規とは常識の基準ともいえます。
この常識の水準はその時代、その国によって非常にちがってくるのです。
